春 間近…? (お侍 拍手お礼の四十九)

        *お侍様 小劇場シリーズ
 


水回りのすぐ前には、
季節のいい頃合いに開けると、
鮮やかな新緑が重なり合うのが望める小窓があって。
それ以外にも、曇りガラスの嵌めごろし窓や、明かり取りの天窓やと、
窓があちこちに絶妙に配置されてる効果から、
陽が落ち切るまでは 真冬であっても曇天であっても明るい空間。
常にすっきりと片付いていて、
白とステンレスのコントラストが、凛とした印象を与えもするが。
ついついやっちゃうんですよねと、
白い手であわてて取り外される、冷蔵庫に貼られたメモとか、
タオル掛けへと提げられた、
当家の主夫愛用のエプロンなどが醸す生活感が。
モデルルームのそれのよに、
とことん片付いている空間が見せる素っ気なさを寄せつけぬ、
懐っこい温もりとなっており。

 「………。」

特に機能にこだわったところがあるでなし、
神経質なほどの消毒を欠かさぬということもありはしないが。
それでも其処は、その場所は、
そこを“城”として守る人物の、
やさしい姿や慈愛に満ちた心意気をそのままに表す、
間違いなく、この家に於ける立派な“聖域”であり。
家人が健やかであれ、
美味しいものを堪能して幸せであれとの、
優しい愛情に満ちた暖かな食事を、
それはそれは丁寧に作り出す、
幸せの象徴のような場所だったのだが。

 「…シチ。」

こちらは すぐお隣のダイニング。
やはり清々しい明るさの中に配置された、
食事をとるためのテーブルセットの椅子へ、
何とも力なく腰掛けている人物があり。
目許が赤いのは涙ぐんでしまったせいか、
日頃は緋色の口元も、
嗚咽をこらえたせいだろか、心なしか赤みが増しており。
そのすぐの傍ら、
お行儀は悪いが今はそれどころじゃあないとばかり、
お隣の椅子へと横向きに腰掛け、
そんな彼へと擦り寄る次男がまた、
何とも痛々しいという、
そりゃあ哀しげなお顔になっているのも印象的で。

 「いつか…いつかこんな日が来るんじゃないかと恐れてはいたのですが。」

ご心配させましたが、私はもう大丈夫ですよと、
そんな言いようをしたかったらしいものが。
だが、何を思い出したやら、
くうと喉が詰まったらしく、そのまましゃくり上げる気配が立って。

 「シチ、もういいから。」

お部屋で横になっているか?と、
しょげたことから常以上に萎えている、
七郎次の撫で肩をそおっと撫でてやる久蔵であり。
そして、

 「………。」

そんなまでのいたわりようを、大仰なと呆れてしまうほど、
そこまで無神経ではないと感じ入ってしまった御主様。
こちら様もこちら様で、
一応は念を入れ、何度も何度も洗って来た手の凍えようを暖めがてら、
そんな彼らの傍らへと歩み寄れば、

 「…勘兵衛様。」

お手を煩わせまして申し訳ありませんと、恐縮そうなお顔を向けるが、
そのお顔には別な怯えの陰もあり、

 「ああ、きっちり片付けて来た。」

足元回りにも薬剤を噴霧した上で、
すべらぬようにと消毒薬で拭ってから蒸気の出るモップで空ぶきしたと。
そうまでの念の入れようを、
わざわざ言われずともこなせる手際のよさを報告すれば、

 「ありがとうございます。」

やっとのこと、胸を撫で下ろす七郎次であり。
少しは人心地つけたらしい様子へ、
久蔵も勘兵衛も、同じくらいに安堵して、
ほおと深々、吐息をついてしまったほどで。



  ―― ここまで言やあ…言わずと知れたアレのお話なんですが。
(笑)



色白金髪、そりゃあ嫋やかな見映えの麗しさに見合わずに。
武道は槍捌きから体術あれこれ、
精神修養を兼ねての、お作法や生け花まで修めておいでの、
文武両道、良妻賢母の誉れも高い、島田さんチの七郎次さんだが。
そんな彼が半端ないほどのレベルで唯一苦手にしているのが…例の黒いの。
相変わらずに大仰なと、
苦笑が絶えない皆様でもありましょうが、
何しろおっ母様大好きな久蔵殿にだって、
すぐには原因が判らなかったほどの惨状だったのだ。
二月に入って初めて厳冬らしい寒さに襲われたものの、
それも長続きしそうにはないまま、そりゃあいいお日和に恵まれて。
残業続きだったのがやっとのこと解放されたという勘兵衛が、
久し振りの休みを取れたと平日ながらも家におり。
久蔵の方は方で、上級生たちが受験の本番へと突入したあおり、
午前のみの授業になったからと早々帰宅して来たものだから、

 『それじゃあお茶でも淹れましょうか。』

美味しい練りきりがありますよなんて、
優しい笑顔でキッチンへと去った七郎次が、5分経っても戻って来ない。
茶器を用意する物音なんぞは、
そもあんまりにぎやかに立てたりしない人ではあるが、
それにしたって静かすぎると、
様子見に立って行った久蔵だったのが。
そんな彼が配膳台にでも手をついたか、何かが転げる音がして。
それでさすがに“妙だな”と、
やはり案じて立っていった勘兵衛の視野へと収まったのが、

 『…、しち?』

流しの前で頽れ落ちるように座り込んでいた七郎次を、
実は倒れ込んでいたらしいのをそこまで引き起こしてやり、
しっかりせよと支えていた久蔵の姿だった…と来て。

 「私が衛生管理を怠ったから…。」

何てことかと、この世の終わりのように言う彼であるのへ、
笑ってしまうほど心ない家人はおらず。
ただ、

 「そこまで考え込むことはないぞ?」

今年は異様なほどの暖冬だとも聞く。
それで冬を越してしまった連中がいたまでのこと、と。
久蔵とは反対側から、
落ち込んでの随分と高さの下がった肩へ、
勘兵衛までもが励ますように手を置いてやり、

 「お主ほど気の回る者が、手落ちだ手抜きだという方向で案じてどうする。」

声も出ぬまま倒れたほどに、それはそれは怖かったのだろうから、
それもあっての動転ぶり、まずは宥めてやらねばと。
心細げな肩を撫で、するんとした頬、手の甲の側にて触れてやる。
絶叫さえ出来ないくらいの怖さを、喉奥へ飲み込んでしまった辛さとやらは、
残念ながら察することさえ出来ない豪胆な自分だが。
愛する者がこうまで打ちひしがれているという事実は、
さすがに応える勘兵衛だったし。
元気になってくれるなら、何でもしてやろうじゃあないかと、
次男坊に負けず劣らずな心持ちも沸いており。

 「何だったら、
  お主が落ち着くまでは、
  食事の支度や台所仕事、儂と久蔵で一手に引き受けてもよいぞ?」

無論、お主ほどの完璧は望めぬが…と、目許細めて微笑って見せれば、
その向かい側、やはりすぐの間近にて、
久蔵までも、うんうんと頷くところが健気で愛しく。
そんな次男坊の頬の辺りへ、
何とも言えぬ苦笑をこぼすと そのまま寄り添った七郎次、

 「そんな勿体ないことまで、お二人へさせる訳には参りません。」

やっとのこと、笑えるところまで気の持ちようが浮上したようで。
ああよかったと同じように微笑って見せて、
そんなおっ母様の肩やら背やら、きゅうと抱きしめた慰めようは、
ここでだけだぞと 坊やのほうへお任せし、

 「では、仕切り直しの茶は、儂が淹れて来よう。」

いくら何でもすぐの直後。今だけは間を置いた方がいいと、
上へと羽織ったカーディガンごと、
厚手のシャツを肘までの袖まくりにした勘兵衛だったが、


  「……………ぁ。/////////」


そこへと一体何を見たのか、不意にお顔を赤らめた七郎次であり。
え?と素早く怪訝に感じた久蔵が、
そもそもは…彼が息を飲んだので、
すわ 憎々しい○○○○めが、図々しくも再び現れたのかと思っての、
その視線を追ったのだけれど。
彼が見ていたのは、ちょうど真正面にいた勘兵衛の腕。
しかも、ハッとするとそこからが素早くて。
ずり上げられかけていた その袖を引っつかみ、

 「あ…や…あの、えっと…。お、お茶は、私が淹れますゆえ。////////」
 「七郎次?」

丸ぁるい玉子型の細おもて、
真っ赤っ赤に染めて…何を言い出すかと、
それへは勘兵衛もまた眉を寄せ、精悍なお顔を顰めてしまったほどであり。

 「???」

ただ…両手がかりですがりつくよにし、
その袖だけは上げさすまいとしている様から、
遅ればせながら ご当人が今頃になって気がついたのは、

 “……ああ。”

その下へうっすらと刻まれた、とある跡があったこと。
冬場でも少々陽灼け色の肌をした勘兵衛なので、
よくよく見ねば判らぬはずだが、
他ならぬ…それを刻んだ張本人なら話は別だ。
懐ろへ掻い込まれるようにと抱えられたその折に、
我を忘れてしがみつき、ついつい爪にて引っ掻い………

 「いやあの、ですからっ。////////」

判った判った、皆までは言いませんてばvv
何も昨夜に限った話じゃあないが、日頃は主には肩や背中に残される跡で。
そういやそうだったかと、苦笑混じりに自分の腕を摩っておいでの父上と、
何故だか…耳まで真っ赤な、相も変わらず純情な母上と。

 「?????」

一番に事情が通じていない次男坊。
彼が ああと自分の拳で手のひら打つのは、
数刻ほど経過した寝しな時分。
そんな父上が 今朝は寝坊しておさぼりした髭をあたっていた洗面所にて、
やはりめくり上げられてた前腕を見てだったりするのだが……。
それは勿論、父と息子の内緒だったりしたのであったそうな。
(ちょん♪)





  〜どさくさ・どっとはらい〜 09.02.10.




  *何だかなぁな お話ですいません。
   でも、一度は書いときたくて…シニタイノカの刑かもですね。
(おいおい)

   今年はやっぱり暖冬なのか、
   ネコヤナギや椿、水仙なんかが随分と早い目に咲いてるそうですね。
   例の黒いのも、この冬は、
   さすがに冬だからと居なくなるだろと、
   いつか去るだろと思ってるうちに、
   こんな時期になっちゃった…という感がありますしね。

   片や、お庭の手入れもするお人なのに、
   やっぱり相変わらずに苦手なシチさんで。
   まま、そういう問題じゃあないんでしょうね、恐らくは。
   私だって、そっちのは平然と対処も退治出来ますが、
   もっとのろのろのアオムシ毛虫は 見るのもイヤですもんねぇ。


**

ご感想はこちらvv

戻る